主の召命を求めて、祈り続けることが大切。
あなたを、神さまが呼んでいます
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神学を学びたいという思いを起こされたのは、幼稚園教諭になって5年ほど経ったころです。それまでは「幼児教育の場でキリストを伝えることが私の召命」と受け止めていました。キリスト教系の幼稚園で、保護者から「お祈りの意味は」「愛とは」と聞かれたり、また、クリスチャンではない同僚から「聖書やキリスト教のことを教えて欲しいと頼まれることもありました。そんな中で「もっと聖書の勉強をしたい。神学校で学びたい」との思いが募ってきました。そこで牧師である父に相談したのですが、「神学校は牧師になるための学校だが、あなたは牧師になるのか。主に呼ばれたのか」との厳しい言葉・・・・・・。
それまで自分の中に牧師になるという考えはありませんでした。しかしそのときから伝道者としての召命を祈り求める生活が始まりました。そして「あなたは人間をとる漁師になる」(ルカ5:10)との主の呼びかけを聞き、「私の思い込みではなく、召命であるならば、すべてを備えてください」と祈りました。すると主は多くの導き手を通して伝道献身者への道を備えてくださいました。そのとき、同じ祈りを共有する仲間たちが集まっていたのが、学生時代から何度も参加した全国教会青年同盟の修養会でした。そして召命について真剣に祈り始めてから1年後、東京神学大学への入学を許されました。
神学校時代は、「主にあって男も女もなく」(ガラテヤ3:28)自由な雰囲気の中で伝道者と立てられるべく、神学の研鑽を積みました。そして卒業後、伝道する喜びを多く経験しました。牧師にとって最も大きな喜びは、やはり洗礼式。あるときは、夫婦の洗礼とその子どもたち三人の幼児洗礼、キリストにあって一つとされる家族が生まれました。ほかにも洗礼式にたびごとに、主の恵みの御業を最も近くで目撃する感動を味わいました。
そのように伝道の喜びを豊かに経験する一方で、女性であり、牧師であること、その現実の中で「伝道者とは何者か」との神学的課題へ向かい合う必要に気づきました。そのような折、説教集や著作を通じて日本最初期の女性牧師、植村環との出会い、一伝道者としての彼女の伝道活動と教会形成の在り方に興味を持ちました。今は研究論文の作成にも取り組み、植村環を日本プロテスト教会史に位置づけ、さらに現在の日本伝道と教会形成を神学的に分析していく視点を与えられています。
教会の青年会で出会った夫は、牧師として聖学院大学に遣わされています。教会とキリスト教学校に仕えるふたりの共通課題は「青年伝道」です。特に、自分たちも育てられた、全国教会青年同盟に関わり、修養会やセミナーを通して、これからの日本伝道を担い、次世代の教会に仕える伝道献身者が起こされることを願っています。若い人たちが神さまの呼びかけを聞き、主の召命に応えることができますよう祈りつつ。